第19回 グローバル・ベンチマーキングの実際

~グローバルなベンチマークに投資する仏企業~

今回、サプライチェーン経営のベンチマーク調査で来日した会社は、フランス・パリを本拠とする製薬・バイオテクノロジー企業で、医薬品販売では世界第4位の会社である。

今や世界的な品質経営言語となったベンチマーキングは、海外のベスト・プラクティス企業に共通する顧客基点プロセスを比較研究調査することによって、企業の顧客価値創造とは何かを考えるというものだ。一時期、日本でも流行したベンチマークとは、本来、測量において利用する水準点を示す語であったが、その後、資産の運用、株式投資など、比較のために用いる指標を意味するようになった。例えば、広く社会の物事のシステムのあり方や規範としての水準や基準を意味することもある。日本の自動車業界においては、他の分野と用法がやや異なり指標というより目指すべき目標という意味で用いられる場合がほとんどである。この品質経営のキーワードとなった「ベンチマーキング」は、経営改善の手法の一つと言われ、他社の優れた経営方法やマーケティング戦略などを探し出し、自社と比較して違いを明確にし、その差異を埋めるように自社の経営や営業手法などを改善していくわけだ。

とはいうものの理屈でわかっていても、最近、目につくのは、日本企業の実施している、表層面だけを取り入れて、相対比較している傾向だ。気が付いて欲しいのは、自社の持つ常識の範囲以外の「新しい視点でものを見ること」なのだ。対象企業の業務処理方法やそのプロセスの背景にある本質を見極めないと、本当のベンチマーキングとして、対象となる企業なり組織なりを越えることができない。

≪米国の印刷機器メーカーの例≫

ベンチマ-キングにおいて先駆的な役割を果たしたのが米国印刷機器メーカーであるのは有名な話だ。かつて複写機の独占企業として繁栄を誇ったが、1970年代後半に特許が失効となり、多くの企業が複写機市場に新規参入してきたため競争力を失い深刻な経営不振に陥った。中でも多くの日本企業が高品質で低価格の製品を続々と市場に投入してきた結果、同社の市場シェアは急速に低下し、特に低価格品市場は日本企業に席巻されてしまった。こうした状況の下、同社の経営陣は、「品質・時間・コスト」のすべての面で自社が日本企業に劣っていることを謙虚に認め、全社的なTQM(総合品質経営)の導入を含めて企業革新を強力に推進した結果、同社はべンチマ-キングに取り組み、ベンチマ-キングを体系的な手法として確立するに至ったという話だ。

同社は、数多くのベンチマーキングを行ったが、その中でも特に有名な対象がアウトドア用品の通信販売業社である。この事例は、自社のパフォーマンスをはるかに上回るベスト・プラクティスを業界外に発見し、それを自社に応用するというプロセス改善の成功事例として語られるようになった。その後、同社は自社のベンチマ-キング事例を公開し、ベンチマ-キングの普及発展に大きく寄与した。海外のベスト・プラクティス企業に共通する顧客基点プロセスを比較研究調査することによって、企業の顧客価値創造とは何かを考えるものが真のベンチマーキングである。

≪日本企業に学ぶ≫

今回来日したフランスの製薬会社は、5つの産業の代表的企業を訪問調査した:

  1. 電子部品会社
  2. 総合電機会社
  3. 総合物流会社
  4. 生活用品会社
  5. 総合エンジニアリング会社

いずれも日本を代表する優良企業であるが、特に、彼らが注目したのは、日本流のカイゼン政策である。製造業に限らず、事務部門や業務機能の中にも改善する余地は存在し、日本のトップを行く企業はどうしているのかを調査し、自社の業務改善につなげるという意義を持って調査にきた。

製薬とは全く関係のない会社を選んだのは、

  1. 競合でないため相互に忌憚のない話ができる
  2. 異業種であってもサプライチェーンの機能について話し合える
  3. 異業種であるが故に何かプロセス上の新しいイノベーションの種が見つけられる
  4. グローバル展開上、将来相互に有益な手法を取り込むことができる
  5. 両者のグローバル事業の中でシナジーの発生する可能性をさぐる

今回のベンチマークの切り口は次のように7つに分けられるが、中身を見るとグローバル企業の典型として、質問の意図や背景から、目指すものの違いが見て取れる。

1.人的資源管理 Human resource management

① 貴部署貴購買部署内の男女比率

② ここ3年の転職率

③ 貴部署社員のうち何名が英語堪能か。

④ 貴購買部署内に外国人は何名いるか。

2.業績成果管理 Performance management

① 貴購買部署内に原価節減結果や成果を管理する特定の専門職位があるか。

② 貴購買部署内に年間で最高成果達成者への報酬制度はあるか。

③ 貴購買部署の定性的分析行動を評価査定しているか。

④ 貴購買成果をどのように測定しているか。

3.知識管理 Knowledge management

① 貴購買部署内に技能研修の課程があるか。

② オンライン教育と実地教育とのウェイト付けはどうか。

③ 貴部署内の社員向け年間研修投資額

4.カテゴリー管理 Category management

① 貴購買部署内、業務処理を担当している人は何%か。

② 貴購買部署内、業務処理を外部委託しているか。

5.サプライヤー関係性管理 Supplier relationship management

① 貴社のサプライヤーと提携協調関係を築いているか。

② 貴購買部署内にサプライヤーデータベースを管理するツールを持っているか。

③ 貴社のサプライヤーをどう評価しているか。

④ 貴社のサプライヤーのイノベーションを如何に捕まえているか。

6.プロセスとリスク管理 Process & Risk management

① 貴社内で電子調達を使っているか。

② 貴購買部署内「カイゼン」継続的改善制度があるか。

③ 貴社内では、コンプライアンスをどのように管理しているか。

④ 貴社内では、どのようにリスク管理の優先度を評価しているか。

7.組織調整 Organizational alignment

① 貴方は貴社内の経営委員会のメンバーであるか。

② 貴方は社内満足度調査を実施しているか。

要約すると、彼らの関心の的は、購買組織のあり方、社員教育と成果測定、サプライヤーとの関係、イノベーションの取り組み、業績測定であることがわかる。

更に進めると、調査対象とした、グローバルに活躍するベスト・プラクティスを探求し、優れた独自の経営成果を実現することで最高レベルになるという考えが生まれ、ベストを超えるというところまでいかないと、ベンチマーキングにならないという考え方だ。

ベンチマーキングの対象者をグローバルな規模で取り込んでいこうとする「グローバル・ベンチマーキング」が浮上し、21世紀に入ると知識経営のベスト・プラクティスから学ぶナレッジ・ベンチマーキングという新時代が幕を開けたのが現在である。勿論、優良企業のベスト・プラクティスを単に知るだけでは学んだことにはならず、異質のものを内在化することにより独自の成果を創り出すところまでいって初めて学んだことになる。また、昨今のグローバル競争の世界では、ベンチマーキングを行なっていくか、さもなければ、息絶えるかのどちらかだとまで言う賢人が出てきた。

結論として、世界のベスト・プラクティス企業というのは、自社のやり方と違った形で一歩先、二歩先へ行く努力を絶え間なく続けているということを謙虚に学んでいくべきだ。価値創造をしていくためには、顧客基点、社会基点に立つことが重要で非常に波の激しいところであっても、危険をおかしてでも、やはり世の中がどうであるかを知るために未知への航海から多くのものを学んでいかなければ道は開かれない。ベンチマーキングを通して、企業の在り方、ビジョンの在り方、それがどのように自社の社員の行動へつながっていくかを考えてみることが投資であり価値創造の一歩である。

また、医薬品業界全体を知るうえで、日本の製薬会社と比較してみよう。単純な質問として、何故、欧米製薬企業と日本の製薬企業に規模の差があるのだろうか。冒頭に述べたように、欧米製薬企業は2000年前後に大手同士の合併,ないし吸収合併を繰り返してきて企業規模が大きくなったと言える。

勿論、日本でも合併が一時期進んだが、その後は保守的傾向が強まり吸収や合併が止まり、現在に至っている。もう一つは、日本の製薬会社は新薬開発能力が低いのではないかという疑問も浮上する。欧米大手は資本力にものを言わせ、また国をバックとした国内外への政治力行使,先端技術への目鼻がよく効くこと,企業や権利の買収の経営判断の素早さ、的確さといった優位性や利点で新薬を多く出せることができると言える。

それでは、新薬の出にくくなった先発の日本の製薬会社はどのようにして生き残りをはかっていくのかというと、人件費を中心とする固定費の削減だ。例えば、製薬工場の分社化,医薬品製造の外注化が考えられる。そこでは、サプライチェーンの上流と下流に注目が行く。つまり、原材料と間接資材(包装材料など)の調達と製造物流、販売物流での経費の見直しである。

著者紹介

上原 修 (うえはら おさむ)CPSM C.P.M. MBA JGA
特定非営利活動法人日本サプライマネジメント協会TM
仏ESSECビジネススクール 国際調達・特任教授
法政大学経営大学院サプライチェーン兼任講師
東京工業大学大学院MOTサプライチェーン戦略スクール講師

略歴
大学卒業後、日本鉱業株式会社(現:JX日鉱日石ホールディングス株式会社)にて購買部に勤務、コンゴ鉱山開発会社駐在、本社国際購買担当部長、日鉱ニューヨーク事務所長歴任。米系外資(株)アルファパーチェスにて常務・購買本部長を経て、米ISM日本代表に就任。MBA経営情報学修士。米グローバルANSI購買資格(C.P.M.) 及びグローバル調達経営資格(CPSM)取得。国土交通省通訳案内業免許取得。フランス政府留学ポアチエ大学Diplome学位取得。企業留学仏ブザンソン大学文化教養学部修了Diplome学位取得 一橋大学伊藤研究室ビジネススクール修了。

主な著書
『枯渇性資源の安定調達戦略』(単独著)2011日刊工業新聞社、『人にやさしい会社 安全・安心、絆の経営』(共著)2013白桃書房、『フランス人の流儀-日本人ビジネスパーソンが見てきた人と文化』(共著)2012大修館書店、『ISO-26000実践ガイド』(共著)2011中央経済社、『グローバル戦略調達経営』(単独著)2008日本規格協会、『購買・調達の実際』(単独著)2007日本経済新聞、『やさしいCSRイニシアティブ』(共著)2007日本規格協会

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