特別編 フランステロから学ぶ

テロ対策でフランス憲法を改正、国家非常事態宣言

~我々はどう考えるべきか~

またか!それともやっぱりか。これらの言葉が浮かぶここ数日のことである。テロという、この忌まわしい事件にどう対処すれば良いのか。

こういう時、在仏・ベルギー日本人の話がメディアを通じて流れてくる。以前も書いたが一般にフランス人は外国人嫌いの人種であるということ。

例えば、こういう話がある:

フランスの知人に送った荷物が行方不明になるというのは日常茶飯事。重さ『小包航空便』が便利で安いというので、送ってから1ヶ月以上経ち、相手からお礼のメールがないので、それとなく聞いたら届いていない由。さらに、郵便局では、控えがないので追跡できないと言われる始末。郵便局で、追跡の手だてがないと断言され、すごすごと帰って来た日本人や外国人は多いことだろう。こういう役所の事務員は結構、威圧的な態度が多い。フランスに長く居ると、このような、ちっぽけなことが日本人の腹の中で大きく膨らみ爆発する。外国人、つまり、非白人の異邦人には非常なくらい冷たいという体験をした人は多いだろう。

今回のテロ事件以降、フランス国が偉大で、フランス国民は強いというイメージを国家として流し続けるだろう。面白いのは、当国は外国人を積極的に受け入れる一方で、個人的には外国人嫌いであることだ。フランスのオランド大統領は演説で、パリで13日に起きた同時多発テロ事件は、シリアで計画しベルギーで組織されフランスで実行されたと述べた。

上下両院の全議員を招く異例の形式で党派の違いを超えてフランスが団結しテロに立ち向かう姿勢を示し、イスラム国は世界中の国々を攻撃してきた、我々はISを倒さなければならないと強調、テロ対策で憲法を改正し、国家非常事態宣言の3カ月延長、シリアでの攻撃を集中的に進めるとした、とある。

国家非常事態宣言

国家等の運営の危機に対し緊急事態のための特別法を発動すること。

対象には武力攻撃、内乱、暴動、テロ、大規模な災害などのほか、鳥インフルエンザやAIDSなど疫病もある。措置には警察・軍隊など公務員の動員、公共財の徴発、法律に優位する政令の発布、令状によらない逮捕・家宅捜索などを許す事の他、報道や集会の自由など自由権の制限である。日本では第二次世界大戦後の占領期の1948年4月に起こった阪神教育事件に際しGHQが発令した例がある。また戦前は、旧警察法に基づいて、国家非常事態宣言を出す権限が内閣総理大臣に与えられていた。現在の日本では、非常事態宣言に類似する制度として、災害対策基本法に基づく災害緊急事態の布告と、警察法に基づく緊急事態の布告とがあり、いずれも内閣総理大臣が発する。アメリカでは州知事・首長に災害にともなう地域内非常事態を宣言する職権がある。

目下のところ、フランス国家が異常事態であることに変わりないが、パリの同時多発テロを受け、オランド大統領は、上下両院合同会議での演説で「フランスは戦争状態にある」と述べたことは驚きであった。欧米の記事を殆ど直接に読まない我々にとって、戦争という言葉は驚愕の何物でもなかった。前述の非常事態宣言に加え、仏出身のテロリストから国籍をはく奪する新法やテロ容疑者の国外追放手続きを簡素化する条項の導入を提案し、さらに同国の武装警官を5千人増員し、国防予算は少なくとも2019年まで削減しないとの案を示した。同大統領は「我々は世界全体を脅かすテロリズムや過激派思想との戦争状態にある」「テロが我が国を破壊することはない。我が国がテロを破壊するからだ」と述べたとされる。

一方で、誤解される恐れがあるのは、また一般のフランス市民が間違った思想を持つ懸念がある。それは、反イスラムという考えで、元々、フランス人の外国人嫌いの根源は、アルジェリアなど北アフリカの諸国(主にイスラム教の国)を植民地化していた時代からきている。フランス旧植民地からの移民の増加でムスリム人口が増加し、知事も生まれているのが実態だ。前述したように政教分離が徹底しており、公教育の場でムスリムの女子学生のスカーフをはじめとしてユダヤ教のキッパなど宗教的シンボルを禁止する法案が成立し、フランス内外のムスリムやユダヤ教徒から反発されている。

一世から2世、3世の人が地中海を越えてフランス本土に入り、家族で住むようになると、教育レベルの格差や宗教の違いからフランス人白人キリスト教社会から疎外されることになる。国籍はフランスで、言語も問題ないのだが中身は外来、回教徒思想の人間である限り、現実に区別される。基本的にアラブ人を毛嫌いするフランス白人は多い。何故白人というのか、それは、フランス人が固有に持つ中華思想から来ているのではないだろうか。彼らの宗教で言うと、フランス国民の約7割がカトリック信者で、カトリックの歴史も古く、フランスはカトリック教会の長姉となっている。建前はフランス革命以降、公共の場における政教分離が徹底されており、一般の市民生活では宗教色が排除されているが、実態はずいぶん異なることも多い。

人種差別や宗教差別、人権無視に報道の自由の侵害など、少数派に対し不寛容な「人権の祖国」フランス政府の実態に対する疑問も提起されている。このような多様性、多文化と異常行動の線引き、この難しい問題に対し、フランス政府は西欧的人権や被害者の存在に根拠を置くことでバランスを取っているようにみえる。

フランスは、歴史ある大国であり、欧州世界において、その動向がヨーロッパ自体の情勢を左右してきた。第二次世界大戦中も英米と一歩離れた独自外交を展開しており、第五共和制成立後も冷戦構造の中でフランスの影響力を保つため、旧ソ連との提携やNATOの軍事機構からの脱退、1973年から始まったフランス・アフリカ首脳会議の開催などアフリカ諸国との友好関係の強化を行なっている。冷戦終結後は、欧州統合を深化し、欧州連合の主要国として存在感を高めている。

また、米国による2003年のイラク戦争には終始反対したことも記憶に新しい。日本人から見れば捉えどころがないように見えるが彼らには独特の一貫性があるようだ。さらに、フランスは旧植民地との間にフランス共同体を結成しており、堅固な連携関係を構築している。またアフリカの旧植民地においては、暴動や内戦の際に親仏政権の維持のための軍事介入が行われることなどもあり、現在もセネガルやジブチにはフランス軍の軍事基地がある他、1994年のルワンダ紛争や、2002年に始まったコートジボワール内戦にも介入している。

1970年代以降の軍事介入の件数は30件以上にも及ぶと言われている。こうしたフランスの姿勢を新植民地主義であると批判する声もある。一方で、フランス語地域のある国とはフランコフォニー国際機関を結成し、連携を強めているのも事実だ。

米国からのニュース報道が大半を占める日本ではヨーロッパの報道をじかに耳にすることが少ないが、インターネットが発達した現代では、世界を俯瞰する時、日本政府の動向と一線を画し、個人個人の持論を展開しても良いかも知れない。即ち、フランスという国は非常に面白い国であるし、そこの国民も誠に興味のある、また魅力一杯の人種なのである。

筆者は仕事柄、フランス人やフランス国籍の外国人の友人が多いが、彼ら、彼女たちの独特な世界観は時には敬服するところもある。それは子供のころからしっかりした自分を持っているからだろう。ビジネススクールの学生には生粋のフランス系白人は少数だ。サプライチェーン学部でいうと、6割以上は女子で、その内半数は非仏人で、4割の男子の中もアフリカ系やベトナム系が少なくない。植民地時代からの名残もあるが、皆フランス国籍を持ち、立派な官僚や役人、警察官や消防士になる人もいる。

最近では、ロシア系の女子学生が増えており、白人ということでフランス社会からアジア人以上に容易く受け入れられ、フランス白人と結婚し、職業婦人として生活している。その内、筆者の学生の数名は母国(ロシア、ジョージア、エストニア、ベラルーシュなど)も愛し、母国語も保持しているが、立派にフランスの職をこなし、子供を育て、一市民として堂々と生きている。こういう人たちは、前大統領のサルコジ氏のように、これからのフランスを多様性で、人権を愛する国家に真に変えて行くのかも知れない。

ついでに、もう一つ今回の事件で名をはせた町がある。サン・ドニだ。

Saint-Denis (Seine-Saint-Denis) サン=ドニ

低所得者の集まる工業都市であったサン=ドニは、長い間大気汚染や公害と関連付けられてきた。2004年に『持続可能な開発賞』を受賞して様相を変えた。同地区一帯で進む都市再開発の影響で人口が増加している。実は、この町には、サン・ドニ地方音楽院という知る人ぞ知る有名な音楽学校がある。また、サン・ドニ大聖堂で世界的に知られるが、古くから、アフリカ系、アラブ系、インド系などの移民が多く、エキゾチックな文化アイデンティティーを持つユニークな街。サン・ドニ地方音楽院は、教育と文化の普及に努めるフランス文化省と自治体が協力し、1987年に創立。以来、国際視野に立って文化交流を深めるべく、積極的な活動を行って来た。現在、同校には約630名の学生が在籍。幼児コースと3つの課程から成る教育プログラムを提供している。また、クレツマー、セルティック、キューバン、アフリカンといった音楽は、異文化交流の盛んなサン・ドニならではのクラスとして人気がある。「世界最高のアーティストと市民との架け橋」がスローガンのサン・ドニ音楽祭も魅力。毎年5~6月に行われる音楽祭は、ラジオ局やテレビ局によって中継され、フランスの代表的な音楽祭としての地位を確立している。

1960年代、ヨーロッパ最大の工業地帯であったラ・プレーヌ・サン=ドニ地区は、脱工業化を伴う厳しい経済危機を経験し、近年回復の兆しが見られる。特に、スタッド・ド・フランスの建設によるイメージと活力によるもので、このサッカー場の収容人員は可動座席込みで8万人。その名が示す通り、サッカーフランス代表およびラグビーフランス代表のホームスタジアムであり、現在は代表戦の大半を当スタジアムで開催している。1998年FIFAワールドカップ・フランス大会の主会場として建設された。ワールドカップ本大会では決勝を含む9試合を開催。決勝ではフランスがブラジルを3-0で下し、初優勝した。

スタッド・ド・フランス駅近くにあるクリスティーノ・ガルシア地区は、スペイン移民が多く暮らすため『ラ・プティット・エスパーニュ』(La Petite Espagne、リトル・スペイン)という別名を持つ。移民の波は、20世紀初頭に化学工業分野の会社で働くためスペインから家族で移住してきたのが発端、スペイン内戦後のフランコ独裁政権成立によって多くのスペイン移民がサン=ドニ周辺に移ってくるようになり大きなコミュニティーを形成するに至った。

因みに、サン=ドニ警察区の犯罪発生率は全国平均より非常に高く、住民1000人あたり150.71件が発生する(全国平均は1000人あたり83件、県平均は1000人あたり95.67件)。警察の事件解決率は19.82%で、県で最も悪い。

著者紹介

上原 修 (うえはら おさむ)CPSM C.P.M. MBA JGA
特定非営利活動法人日本サプライマネジメント協会TM
仏ESSECビジネススクール 国際調達・特任教授
法政大学経営大学院サプライチェーン兼任講師
東京工業大学大学院MOTサプライチェーン戦略スクール講師

略歴
大学卒業後、日本鉱業株式会社(現:JX日鉱日石ホールディングス株式会社)にて購買部に勤務、コンゴ鉱山開発会社駐在、本社国際購買担当部長、日鉱ニューヨーク事務所長歴任。米系外資(株)アルファパーチェスにて常務・購買本部長を経て、米ISM日本代表に就任。MBA経営情報学修士。米グローバルANSI購買資格(C.P.M.) 及びグローバル調達経営資格(CPSM)取得。国土交通省通訳案内業免許取得。フランス政府留学ポアチエ大学Diplome学位取得。企業留学仏ブザンソン大学文化教養学部修了Diplome学位取得 一橋大学伊藤研究室ビジネススクール修了。

主な著書
『枯渇性資源の安定調達戦略』(単独著)2011日刊工業新聞社、『人にやさしい会社 安全・安心、絆の経営』(共著)2013白桃書房、『フランス人の流儀-日本人ビジネスパーソンが見てきた人と文化』(共著)2012大修館書店、『ISO-26000実践ガイド』(共著)2011中央経済社、『グローバル戦略調達経営』(単独著)2008日本規格協会、『購買・調達の実際』(単独著)2007日本経済新聞、『やさしいCSRイニシアティブ』(共著)2007日本規格協会

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