第17回 ブランド信奉の日本人の弱み

ドイツの自動車メーカーがディーゼルエンジン車に当局の適合試験の間だけ通常走行時よりも排ガスを低減するソフトウエアを搭載し、米国で排ガス規制を不正に逃れていた問題は、思わぬ方向に発展しそうだ。筆者の実務経験から考えてみたい。

タイトルにあるように日本人のブランド志向は、ファッションに限らず多くの製品に蔓延しているが、自動車以外にも工業製品や機械プラントにまで及んでいる。

過去の事案で恐縮ではあるが、1990年台後半の出来事;九州の非鉄金属精錬会社で巨大な連続鋳造設備を当時の西ドイツ企業に発注した。同社はヨーロッパでも超一流企業で製鉄を中心とし機械なども手がけるデュッセルドルフのT社と、同じく製鉄から始まり重機や兵器を製造していたエッセンのK社という、ドイツを代表する二つの重工業コングロマリットが1999年に合併し設立された巨大企業だ。2015年現在の従業員数は約16万人の多国籍企業である。2000年代に入ると、事業規模の拡大を模索。米アラバマ州に工場を新設している。

日本企業は世界最大の鋳造設備を輸入する際に事前調査が必須であるにも拘らず、同社訪問もせず、所謂ブランドだけを信じて発注したのである。世界に冠たるK社だから大丈夫だと言う甘い考え、当時はそれが常識であったかも知れない。

蓋を開けてみると驚いた。K社は名前貸しで、殆どすべての製作機器は外注、しかもドイツの片田舎の小さな工場。それでも設計施工責任と全体の統括、調整はK社がやるのだから安心していた。一般に大型機器の輸入契約では、納期が最重要課題のため、支払で抑えるのが常道:

  1. 契約時点 30%現金支払い
  2. 出荷時点 船積書類BLを確認して30%現金支払い

  3. 据え付け完了時点 30%現金支払い

  4. 試運転で両者が問題ないと判断して、検収とする;検収後30日以内に残金10%支払う

1,2は円滑に運んだが、ここに落ち度があった。出荷時点、いわゆる船積み時での状態(機械部品、ソフトウェア、計測器など)を実地に見ていなかったことだ。船会社は船積書類を発行するだけで中身は見ない。普通は輸出検査代行会社を通じて出荷時点で貨物を検査させるが、それを怠ったのである。ブランドの持つ安心感からか、ドイツ企業を100%信頼していたからか。ところが、実際には出荷された機械や資材部品は多くが半製品で第二次支払いが欲しいゆえ完成しないまま出荷したのである。これには参った。参考までに以下に検査代行会社の概要を記しておく:

検査代行会社による出荷前検査
輸出者の製品が品質基準、技術仕様および契約要求事項に適合していることを確認する。

出荷前検査業務の内訳:

I. 寸法検査

II. 契約書類などの書類審査

III. 梱包とマーキングのチェック

IV. 目視検査

V. 検査立会い

VI. 工場でのサンプル計測立会い

VII. 梱包ケース数およびマーキングを契約仕様と照合

VIII. 積み込み中に適切な取り扱いをしているかどうか確認

IX. 輸送手段時に積込み、締付け、及びくさび留めを確認

出荷前検査により、製品が品質規準、技術仕様および契約要求事項を遵守することを保証する。

船積み前検査に関する協定

加盟国の領域において実施されるすべての船積み前検査の活動(加盟国の政府又は政府機関との契約によるものであるかこれらからの委任によるものであるかを問わない)について適用する。利用加盟国とは、自国の政府又は政府機関が船積み前検査の活動の利用について契約し又は委任する加盟国をいう。「船積み前検査の活動」とは、利用加盟国の領域に輸出される貨物の品質、数量、価格(通貨の為替換算率及び支払条件を含む)又は関税のための分類の審査に関連するすべての活動をいう。「船積み前検査の機関」とは、加盟国が契約し又は委任する主体であって船積み前検査の活動を実施するものをいう。

従って、貨物が神戸港から博多港に回送され荷揚げされ、大分県の製錬所に到着したまでは良かった。その時には輸出元のドイツの製造会社から試運転と称してドイツ人らしきエンジニアが飛行機で先に着いていた。半製品であることを事前に知っていた輩は開梱するや否や機械や部品を取出し、手直し作業や組み立て作業を始めた。輸入側の我々は唖然とするばかりで脇で見ている外なかった。エンジニアの日当8万円(因みにテクニッシャン級は3万円)を来日時点から支払う契約だ。いわゆるスーパーバイジング費用というもので、滞在日数に乗ずる計算だ。外国人に弱い当時の日本企業は、なせるなされるままに彼らの作業を見る以外に手はなかった。因みにスーパーバイザーの仕事は以下の通り定義されているが当時、知る由もなかった。

スーパーバイザー(supervisor)

監督・管理・監修を担当する人物、または監視する主体のこと。前者の場合、役職・肩書として使われることが多い。日本ではSVと略されることがある。技術職におけるS/Vとは、設備を国外へ納品した際に派遣される技術者をさす。一般的に同国内の技術者派遣ではS/Vという表現は使わない。例えば自動車部品の生産ラインへ新たな設備を導入する場合、設備メーカー内で全ての機能を確認することができない。現行の設備とドッキングすることで初めて完成された設備としてのチェックが可能になる。

結果的には、来日したスーパーバイザーはエンジニアの資格を持たない非ドイツ系労働作業員であったことが判明、半製品の手直し作業などもってのほかということで契約を基礎に日当と期間を大幅に減額させたことは言うまでもない。勿論、原契約ではスーパーバイジング期間は2週間と決められており、越える場合は両者の協議となっていた。

反省点は以下の通り:

  1. 有名ブランドに惑わされるな:ドイツの名門企業は看板だけで、名門の子や孫会社も多く存在し、しかも、さらに下請け、外注先の寄り合い所帯を纏めるエージェントに注意
  2. 契約時点でキックオフ会議を主導して「マイルストーン」をしっかり定めること
  3. 工場出荷前、船積み時点よりもっと前の段階で、現地の製作工場(実際には複数の外注先)に赴き、輸入者のエンジニアが目視検査すべき
  4. 輸出前検査を世界的に有名な会社SGS、ロイド、ビュローベリタスなどに委ねることも一方法
  5. 輸入港に荷揚げされてから実施すべきこと、責任者、作業者、場所、日程を契約で記しておく:スーパーバイジングの定義も両者で再確認する
  6. サプライヤーの重層化に目を光らせよ

マイルストーン(Milestone)

物事の進捗を管理するために途中で設ける節目のこと。もとは道路などに置かれ、距離を表示する標識(里程標)だった。商品開発やシステム開発など、長期間にわたるプロジェクトなどで使われることが多い。 各マイルストーンは最終的な到達点に向かうまでの通過点であり、それぞれの時点で達成すべき事柄(達成要件)と、実際の状況を照らし合わせることで進度の調整を行う。日付で指定されることもある。

上項1に寄せ集めと言及したが、現実には設計やエンジニアリングだけは本社が責任を持って実行するが、あとは下請けや系列、またはティア1,2,3に丸投げをしていた。東日本大震災でも問題となったが、一次サプライヤーとの取引だけを見ていると大きな過ちを犯すのは、その傘下、いわゆる2次、3次の下請け業者の行動が間接的にしか見えないからだ。購買側にも同じことが言える訳で、契約当事者の下請け構造を把握しないとNGOに下請け企業いじめなどCSR監査で付け入るチャンスを与えてしまう。

ティア1:Tier1

メーカーに直接納入する一次サプライヤーのことを意味する。自動車メーカーに部品や製品を納入するメーカーの例で例えると、自社で製造・開発したものを直接こうしたメーカーへ納入する立場にある会社のことで一次請負とも言う。 自動車業界に限らず、航空機業界など下流から上流までのサプライチェーンが長かったり、巨大な産業について特に使われる表現。Tier1があるならTier2も当然ありティア2の企業は、ティア1の企業へ自社製品を供給する立場にあるわけだ。工業製品の多くはこうして部品が上流へ遡っていく巨大なサプライチェーンの上に成り立っている。企業の立場として、ティア1ともなると納入業界つまり顧客の業界についての情報にもかなり精通し、大きなティア1ともなると顧客の競合へも納入しており、その業界での各社の生産量や動きが分かってしまうというケースも現実に存在する。

東日本大震災を経験した日系大手自動車メーカーが、将来を見据えて大災害時に自動車生産に必要な部品の供給をすばやく復旧させる仕組みを構築している。10次下請けに至る国内部品メーカー15,000社以上の生産情報を把握し、災害が起これば代替調達などの対策に乗り出す仕組みだ。これを世界規模で構築し導入を進めると言う。東日本で起きた大震災から4年経過した今、災害に強いサプライチェーンが日本の主力産業でできあがりつつあり、この仕組みが成功すれば、国際競争力の強化にもつながると筆者はみている。話は逸れるが、ハードの時代からソフトの時代に変わりつつあるという実感だが、今回の排ガス低減ソフトの不正は何とも皮肉としか言いようがない。

ここまでをまとめると、対象品は、自動車と特殊大型機械という異なる物であるが、ドイツの世界に冠たる企業のブランドに影響を与えたことは否めない。20年以上たった今では後者の機械メーカーはサイトからも消えていた。前者のような大きな企業には当たらないかも知れないが対象が一般市民の消費者であることや株主資本の公開企業であることから今後注視していく必要がありそうだ。ブランドを守る、持続可能な形にとどめることは後世の責務であり、現役世代に課された社会的責任なのであろう。

著者紹介

上原 修 (うえはら おさむ)CPSM C.P.M. MBA JGA
特定非営利活動法人日本サプライマネジメント協会TM
仏ESSECビジネススクール 国際調達・特任教授
法政大学経営大学院サプライチェーン兼任講師
東京工業大学大学院MOTサプライチェーン戦略スクール講師

略歴
大学卒業後、日本鉱業株式会社(現:JX日鉱日石ホールディングス株式会社)にて購買部に勤務、コンゴ鉱山開発会社駐在、本社国際購買担当部長、日鉱ニューヨーク事務所長歴任。米系外資(株)アルファパーチェスにて常務・購買本部長を経て、米ISM日本代表に就任。MBA経営情報学修士。米グローバルANSI購買資格(C.P.M.) 及びグローバル調達経営資格(CPSM)取得。国土交通省通訳案内業免許取得。フランス政府留学ポアチエ大学Diplome学位取得。企業留学仏ブザンソン大学文化教養学部修了Diplome学位取得 一橋大学伊藤研究室ビジネススクール修了。

主な著書
『枯渇性資源の安定調達戦略』(単独著)2011日刊工業新聞社、『人にやさしい会社 安全・安心、絆の経営』(共著)2013白桃書房、『フランス人の流儀-日本人ビジネスパーソンが見てきた人と文化』(共著)2012大修館書店、『ISO-26000実践ガイド』(共著)2011中央経済社、『グローバル戦略調達経営』(単独著)2008日本規格協会、『購買・調達の実際』(単独著)2007日本経済新聞、『やさしいCSRイニシアティブ』(共著)2007日本規格協会

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