特別編 8.12天津爆発事故に思う

新興国で自然災害でない人的災害という事故が発生した。中国天津市の港湾部で起きた大爆発による死者、行方不明者が多く出ているようだ。中国有数の物流拠点となっている天津港の事故現場付近には多くの日系自動車関連企業が進出している。これは、2015年8月12日午後、中国天津市浜海新区天津港にある危険物倉庫で発生した大規模爆発事故のことだ。

天津市(Tianjin)概要

中華人民共和国に位置する直轄市。天津は華北平原海河の五大支流の合流する所に位置し、東に渤海を、北に燕山を臨み、市内を流れる海河は天津の母親河とも呼ばれる。環渤海湾地域の経済的中心地であり、中国北方最大の対外開放港。首都北京市とは高速道路、高速直通列車、京津城際線によって、0.5〜2時間以内で結ばれる。元々は海河の河港であったが、河口の塘沽に大規模な港湾やコンテナターミナル、工業地帯が形成されている。経済成長率の高さはここ数年に渡り全国トップ。市区人口は506万人、都市圏人口は720万人。

企業関係では、大手日系の自動車の現地従業員が負傷し、港口付近で保管されていた欧米カーメーカーの新車も激しく損傷した。付近にある建設重車両などの生産拠点が業務を一時停止した。爆発により危険物専用の倉庫に保管された大量の青酸ソーダの一部が流出したようだ。この事故は純然たる人災と言える。日本をはじめアジア諸国は、このところ頻発する自然災害に敏感で、多くの企業で事業継続計画(BCP)を練り、また実際に想定した避難訓練、模擬演習をしている会社も多い。以下はISMがまとめているリスクの一部であるが、今回は完璧に2番ということができる。

各種リスク

例など

1

自然災害リスク

地震・火事・津波・洪水 など

2

カントリーリスク

投資等対象国の政治・法律・環境の変化

3

情報リスク

情報漏えい・不正アクセス など

4

財務リスク

為替レートと金利の変化・資金繰り悪化 など

5

製品リスク

品質の低下・材料、燃料等の調達先確保 など

6

経営リスク

敵対的買収・事業承継 など

7

社内リスク

雇用差別・セクハラ・パワハラ など

8

法務リスク

訴訟・関連法令等の改廃 など

新興国や途上国における国家の安全リスクであり、地政学的なものである。今のところ原因は不明であるため想像の域を脱しえないが、起こってしまった事故を今後の途上国進出、また輸出基地、港湾の調査に少しでも活かせる努力にしたいものだ。港湾機能が不通になることは昨年から今年にかけて米西海岸でも見られた。いわゆる港湾ストライキだが、これは6番目の経営リスクと言える。しかし、今回の天津港での爆発事故の結果

1)海上・陸上物流網の寸断

2)自動車完成品在庫の損傷

3)有害危険物による環境破壊

4)港湾施設の麻痺

が単純に考えられる。

一方で、マーケットリスクも考えたい。中国は確かに巨大な市場であり、縮小する日本市場から見れば膨大な宝庫である。アセアン諸国が6億人を越えるAEC(アセアン経済共同体)を今年末に実現できたとしても、中国市場は、その倍以上の潜在性を含む。チャイナプラスワンという言葉が独り歩きし、今後、アセアンやインド市場に向かうと言っても社会インフラ、陸海物流網の整備状況から見ると、日系企業にとってアセアン・インド市場はまだまだ心もとない。2011年のタイ大洪水で日系企業は、ずいぶん後悔したにもかかわらず、中国やタイへの投資を進めている。両国の社会主義政権と軍事政権という政治体制の違いを理解した上での進出か、あるいは単に皆が行くから大丈夫だろうと言って自分も行く形か。

二番目に大きい市場を有するインドも有権者数約8億人を持つ世界最大の民主主義国と言われているものの、世界各国の腐敗や汚職を監視するNGO「トランスペアレンシー・インターナショナル」が発表した、2014年の世界の「腐敗認識指数」によると、85位 インド 38点、100位 中国 36点であった。この指数は、各国の専門家やビジネス関係者らの認識する腐敗・汚職の度合いを示したもので、0(腐敗度が高い認識)から100(腐敗度が低い認識)までの得点で表されている。因みに、日本は76点で15位だった。上表に掲げた「カントリーリスク」は一概には言えないが奥の深いリスクであり、官民一体で取り組むべきリスク課題であろう。

このカントリーリスクは、一般に海外投融資や貿易を行う際、対象国の政治・経済・社会環境の変化のために、個別事業相手が持つ商業リスクとは無関係に収益を損なう危険の度合いをみるもので、例えば、GDP、国際収支、外貨準備高、対外債務、司法制度、当該国の政情や経済政策などの定性要素を加味して判断されることが多い。第一次石油危機勃発の時、多くの非産油途上国にて対外債務が累積し、これまでの商業リスク概念を越えた考え方が必要であるとしてカントリーリスク概念が注目されるようになったのは有名である。

近年、多くの欧州企業もアジア市場への注目を再開したが、官民の連携はどうなっているのであろうか。即ち民間企業の諜報活動レベルでは限度のあることが多く、情報源も限られることから、日系企業はジェトロや政府自治体の公共機関を通じて当該国の概要を知る。しかし現実は公的資料や情報では本当のことを知るのは難しい。欧米では民間企業はマーケティング・ インテリジェンス、いわゆる市場戦略情報だが、それこそ、より企業活動に直結した意思決定の戦略的情報活動を意味する。

市場の情報は、マーケティング・リサーチ会社による消費者情報だけでは不十分であり、その企業の置かれている市場の環境、また競争企業の分析を目的とすることが多い。市場分析に戦略的な情報を含めて意思決定するのがマーケティング・インテリジェンスであり、このためには情報を一元化する必要がある。

この一元化が曲者で日本人は慣れていないことが多いため情報が漏れる可能性大である。同様に、ISM協会ではサプライ・マーケティング・インテリジェンスSMIを重要視している。特に海外進出する製造業には購買仕入れ分野で苦労することが多いから供給市場の情報を多元的にとらえるためだ。同協会の理解を得てSMIの主要部分を抜粋する:

Supply Market Intelligence: Integration for Optimization

In this highly interactive working session, participants bring background information for a single category of a product or service to go through the steps of conducting a market research analysis.

Supply management professionals and others who want to improve the effectiveness of their organization's supply chain and/or to identify key research insights and resources for meeting sourcing strategies.

① How to build relationships with internal business units to understand their need for market intelligence

② How to develop a supply market research plan and collect relevant data from primary and secondary sources

③ How to effectively filter market data and create key decision-support tools

④ How to use Web-based portals to effectively access market research

⑤ How to effectively integrate market intelligence into the strategic sourcing and supplier relationship management process

⑥ How to develop an actual market research analysis through hands-on experience in working sessions

⑦ Techniques to effectively monitor supply market conditions and periodically update key stakeholders on changes in the environment that require monitoring

⑧ Methods for monitoring supply risk and identifying impacts on the business

協会が運営するSMI講座の概要は次のとおりである:

  1. Address the need for deep supply market intelligence by building competitive intelligence to support the sourcing strategy. Evaluate the threat of supply disruption and its impact on shareholders.
  2. Review how to gather critical market intelligence for mitigating risk and developing a strategy.
  3. Understand stakeholders and develop a market research plan, from requirements to developing a research plan through collecting and analyzing the data and presenting the report.
  4. Develop insights into the global supply chain including political, economic, social, technology and environment.
  5. Use of market intelligence tools: Porter analysis, Pestle analysis, and industry forecasts including demand, technology, capacity, pricing and value stream.
  6. Participate in a working session on category strategy research by discussing, analyzing and presenting a case study.
  7. Integrate market research into strategic sourcing decisions and review the implications for sourcing strategy.
  8. Identify how to manage risk by identifying key performance indicators and triggering events, and develop a contingency plan for single or multiple sourcing options.

冒頭の天津爆発事故に戻ると、真相究明は現段階では未定であるが、自動車会社をはじめ多くの製造・非製造業の会社はマーケット・インテリジェンスをどこまで遂行した上でFS(feasibility study)「実行可能性調査」をまとめ上げて最終意思決定をしたのであろうか。つまり、大量の有害化学物質が保管されている倉庫が進出予定の場所に現存するという事実を知っていたかどうか、また十分に調べた上での企業としての意思決定かどうか。工場誘致する公的機関は、どこでも同じように甘い言葉でささやき潜在的候補の企業に決定を急がせる。世界中の不動産屋と同じ手口だろう。

80年代に日本企業が多くの欧米企業M&Aに手を出して失敗したものだ。当時は不動産業者でなくM&Aという新規事業に進出してきた日本の金融機関であった。途上国や新興国に限らず、海外の新天地はリスクの宝庫であり、官民挙げてのインテリジェンスが必要になることを改めて考えさせられる事故である。

また、BCPは一種の投資であり、日本企業は過去にこれだけの自然災害、そして多くの人的物的被害を蒙っても後ろ向きの投資には遅れがちだ。確かにBCP投資は目先の利益を生まないかも知れないが、5年-10年先の利益を生む、これをコストアヴォイダンス(cost avoidance)と言っても良いだろう。

Cost avoidance 原価回避

Action taken to reduce future costs, such as replacing parts before they fail and cause damage to other parts. Cost avoidance may incur higher (or additional) costs in the shortrun but the final or life cycle cost would be lower.

日本の会社は概してコスト削減、原価低減を好むが、長期的なコスト管理の戦略を持たないため、様々なリスクに対応できないでいるのが実態だ。欧米企業では最高購買責任者が外部から雇われる場合が多い。日本でも大手自動車、製薬会社をはじめ多くの大企業がヘッドハンティング会社を通じて外国人の経営トップを採用する話を聞くが、それがマスコミの話題になると言うことはそれだけ珍しいからだろう。但し、購買・サプライ物流のトップ(Chief Procurement Officer: CPO)を社外また外国企業から招き入れることは稀だろうし、およそ日本企業にはCPO職が存在しないから期待できない。

サプライチェーンの初めから終わりまでの責任を持つCPO職はプロの技であり、CEOと言えどもサプライチェーンに関しては、CPOに責任と権限を全面的に委譲し、また相互に意思疎通を密にし、尊敬し合っているのが実態だ。筆者が懇意にしている欧州系製薬会社のCPOは、3回の転職ですべてCPOを射止め、立派に責務を果たしている。その人となりは申し分なく素晴らしいが、寧ろ部下への配慮と意思疎通、部門内調和重視の態度に常に感服している。

著者紹介

上原 修 (うえはら おさむ)CPSM C.P.M. MBA JGA
特定非営利活動法人日本サプライマネジメント協会TM
仏ESSECビジネススクール 国際調達・特任教授
法政大学経営大学院サプライチェーン兼任講師
東京工業大学大学院MOTサプライチェーン戦略スクール講師

略歴
大学卒業後、日本鉱業株式会社(現:JX日鉱日石ホールディングス株式会社)にて購買部に勤務、コンゴ鉱山開発会社駐在、本社国際購買担当部長、日鉱ニューヨーク事務所長歴任。米系外資(株)アルファパーチェスにて常務・購買本部長を経て、米ISM日本代表に就任。MBA経営情報学修士。米グローバルANSI購買資格(C.P.M.) 及びグローバル調達経営資格(CPSM)取得。国土交通省通訳案内業免許取得。フランス政府留学ポアチエ大学Diplome学位取得。企業留学仏ブザンソン大学文化教養学部修了Diplome学位取得 一橋大学伊藤研究室ビジネススクール修了。

主な著書
『枯渇性資源の安定調達戦略』(単独著)2011日刊工業新聞社、『人にやさしい会社 安全・安心、絆の経営』(共著)2013白桃書房、『フランス人の流儀-日本人ビジネスパーソンが見てきた人と文化』(共著)2012大修館書店、『ISO-26000実践ガイド』(共著)2011中央経済社、『グローバル戦略調達経営』(単独著)2008日本規格協会、『購買・調達の実際』(単独著)2007日本経済新聞、『やさしいCSRイニシアティブ』(共著)2007日本規格協会

資料ダウンロード

お問い合わせ

お電話でのお問い合わせ 0120-818662 受付時間:平日 9:00-17:00

国際貨物専用ダイヤル 0120-18-9595

貨物追跡サービス

GOAL