第15回 「新国立競技場」と調達サプライ・プロジェクト経営

総工費が2,500億円超に膨らんだ新国立競技場の建設計画について、いよいよ政府が元来の設計構造の中止と収容人員の縮小で見直しの検討に入ったというニュースが入ってきた。

以前から主催都市の東京都がコストに関して異を唱えていたが、この話を聞いて誰もが考えたことは、日本企業が得意で、新興国、途上国から評価の高いプロジェクトマネジメント手法であろう。プロジェクトマネジメントとは、プロジェクトを成功裏に完了させることを目指して行われる活動のことで、これにはプロジェクトを構成する各活動の計画立案、日程表の作成、および進捗管理が含まれるのは読者の知るところである。本コラムを書くにあたって再度、手法を確認してみたい。

まずプロジェクトという言葉の定義であるが、NASAつまり米航空宇宙局(National Aeronautics and Space Administration)によると、プロジェクトとは、相互に関連するタスクから構成され、多くの組織が参画して実施される3年以下程度の期間の活動としている。一方で、プロジェクトマネジメント協会が定義したところでは、独自の成果物またはサービスを創出するための期限のある活動となっている。タスクは、一つの組織、グループ、個人が実行する短期的な活動を意味するもので、例えば、民間企業で建設工事を成功させるには、プロジェクトを適切に管理することが求められるというようなものだ。

歴史を紐解くと、プロジェクトマネジメントは、品質・コスト・納期の管理活動と考えられ、特に独立した要素として捉えられていなかったのは事実である。現在のような形のプロジェクトマネジメント概念が確立したのは、冷戦期の米国防省が最初だという。同省は軍事プロジェクトを加速させるため業務、作業の管理工程やプロセスを体系化し整理した。現在は、米国非営利団体であるPMI(Project Management Institute)が策定した"Project Management Body of Knowledge"(知識体系の教科書PMBOK)が世界中で受け入れられていることでもわかる。

日本では遅まきながら、当時の通産省の後方支援を受けて日本発のプロジェクトマネジメント標準を確立する試みが進められ、結果として現在、P2M(プロジェクト・プログラムマネジメント)という知識体系が存在する。これは、筆者も関係する日本プロジェクトマネジメント協会が管理し、この知識体系に基づいた資格制度も現存している。

本論である、今回のごたごたの原因は設計とコストと考えられる。世間では、多くの言い分があるが、この中ではそれに触れず純然たる調達、サプライチェーンを基礎にプロジェクトを考えてみたい。弊学会やものづくり企業でも、設計部門と購買サプライ部門のインターフェイスとして問題になるところだが、講義で説明する図を次に提示してみる。

両部門ともに組織内の役割が異なるのは当然だが、お互いにに役割を尊重して協力し合うことがプロジェクト成功に秘訣であるのは、万人が認めるものである。真ん中の箱は両機能が目指す項目であり、それゆえに上流段階で協力すべき内容でもある。その下にある両部門の方向性は、専門家としての役割であり、こだわりである。この中で喧々諤々の議論が戦わされるとプロジェクトが良い形で進行する。

企業内の二つの機能がぶつかり合う前に存在するのが費用であり、予算である。予算策定には多くの関係者、企業でいうと関係部署が参画するが、購買機能が下流段階で参画すると失敗するケースが多い。従って、上流段階、開発設計段階での購買参画を口酸っぱく言っているのは、欧州でも北米でも同じである。(業種によるが、この点は、日本では残念ながら相当遅れていると言わざるを得ない)

冒頭に掲げたプロジェクトの特徴について言及すると、プロジェクト活動には多くの特徴があるが、ビジネスパースンは仕事の遂行中でもしばしば忘れることがある。それは、

  1. 明確に定義された目標
  2. 必ず開始時点と終了時点がある
  3. 永続的でない一時的な組織が担当する
  4. リーダ(プロジェクトマネージャ)と複数のメンバーから構成される
  5. 目的達成のための予算が与えられる

であろう。仕事というものは不思議なもので、取っかかると基本を忘れることがよくあるから敢えて言うのである。5つの内で、4つ目のリーダー、すなわち指導員が強力な権限を持たないといけない。権限には責任が付随するためすべてのプロジェクトの責任はリーダーが負うのは当たり前なのである。世界の祭典、オリンピックとなると企業の建設工事プロジェクトとは異なる、別の要素が入ってくるので紛らわしくなり基本を忘れることになる。それは、地球環境の問題、ダイバーシティの問題、貧富の格差、自然災害を経験した東北の地震と津波、それに原発復興も出てくる。多くの知識人がいろんな意見を言い出すと収拾がつかなくなり、何のための五輪かと誰もわからなくなる。従って、上記の5つの項目が大切なのである。

更に進んでいくと、次の4つの項目が必然的に出てくる。

  1. 複数の工程から成立
  2. ライフサイクルの各段階での経営資源の変化
  3. 予期できない事態の発生に備えること
  4. 後工程ほど変更・修正の困難度が増すこと

プロジェクトの特徴として当然だが、工程・段階があること。最近ではライフサイクルと呼ばれることが多いが、ヒトの生涯に似ているからだ。そして、予想外の事件、事故に対処できる能力が来る。企業が研究に研究を重ねているBCP(事業継続計画策定)である。工事などには変更や修正がつきものであり、予備費も準備することがもともと織り込まれている。下図は購買部門がプロジェクトチーム内で仕事をする場合の4段階のライフサイクル(生命周期;人生の全段階)を示している。

出典 上原修(2008)『グローバル戦略調達経営』(日本規格協会)

詳細は弊著『グローバル戦略調達経営』(日本規格協会)に譲るが、横軸にプロジェクトの時間軸をとり、縦軸に経営資源の使用度合をとっている。プロジェクトの進捗に従って資源が右肩上がりに増え、実行段階で頂点に達することを説明している。

一般に、プロジェクトマネジメント活動が成功する条件は、5つあると言える。

① 期限内
② 予算内
③ 期待レベルの成果
④ 資源を有効活用
⑤ 顧客満足で完成

誰が考えても当然と思う項目ばかりだ、しかしプロジェクトリーダーが複数いたり、責任の所在が不透明になると実現できないのが、巨大プロジェクトの特徴でもある。古い諺の「船頭多くして船山に登る」ことになるのも事実である。今回のごたごたが示す典型と言えよう。

ここで思い出すのが、記憶に乏しくなった中部国際空港の建設プロジェクトである。地元の大手自動車メーカが中部圏の命運を背負い、自社の経常利益2兆円の約半額の予算をつぎ込んで完成させた中部国際空港である。当時1.5兆円かけて失敗と言われた関西空港との比較で話題になった、大手自動車メーカの経営哲学・価値観・実務遂行上の手法とプロジェクトマネジメント手法の合作模範例である。

大手自動車メーカが、如何なる経営手腕を発揮し、如何にして空港経営を変えて行くか、その改革は非常に興味がある内容だった。そして最大の功績は、初年度から黒字を出す見込みが立ったということだ。開業初期は膨大な建設費負担に起因する償却費負担が大きく開業暫くは赤字が続くのが交通系第三セクター企業の一般的形態だったことを考えると偉業とも言えるのだ。

大手自動車メーカが中部国際空港で示したのは、金を儲けると同時に皆が恩恵を受けるウィンウィンの関係を築くことだった。これは経営の基本ではあるが、なかなか難しいことだ。考えるに、中部国際空港は事業開始時から関空の失敗を繰り返さないことを肝に銘じてきた気がする。その方策として中部財界が考え出した方策が大手自動車メーカを巻き込むことだった。この期待に大手自動車メーカは確実に応え、結果中部国際空港は最高の滑り出しをすることが出来たのだろう。その点から我々は中部国際空港から学ぶ点は多々有ると思う。

詳細を見ると、中部国際空港は、空港・交通業、インフラ構築関連業からみれば異業種である大手自動車メーカが旗を振り、当初予算の7,680億円から約1,730億円(約23%)もコストダウンしたことは驚異に値する。しかも工期を前倒しで開港させたおまけがつく。「工期短縮=原価増」「品質向上=原価増」という図式に慣れていた人々にとって驚きでしかなかった。

中部国際空港がセントレア建設でコスト削減に用いた手法はVE(バリューエンジニアリング)であり、この手法は建設業界で珍しい手法ではない。但し、考え方の基本に、確固たる信念、強気な姿勢、共存共栄を図るというのがあり、それを踏まえ中部国際空港の大手自動車メーカ出身の調達部長が述べたことが衆目を集めたのだ。それは、

自動車を作るのに機能を見て販売価格を決め、その金額に合わせる努力をすることで、原価の積み上げはしない。空港建設も同じで、目標の事業費に合わせ、内容・設備を決めてコストを削るという手法は変わらない。ゼネコンに知恵を絞らせつつ、中部国際空港側もできることをするという買手と売手の協力関係、今では、サプライヤーリレーションシップ・マネジメントと言われる関係性経営が実現した瞬間だった。

大手自動車メーカは中部国際空港で特殊なマジックをしたのでなく、教科書にあるVEが基本だっただけであるが、唯一の違いと言えば、一般の民間施主や公共事業体と違い、極めて良心的かつ常識的な原価低減法と根底にある大手自動車メーカの経営哲学・価値観・実務遂行上の手法でゼネコンとの良好な関係を築いたということである。大手自動車メーカが頻繁に言うところの「愚直にやるべきことをやった」だけなのであろう。

新国立競技場について、マスコミは喧しいが、最大の視点は、プロジェクトマネジメント手法を採用し、プロジェクトにおけるリーダーに権限と責任を集中させ、プロジェクトチームと建設工事請負者との間にウィンウィンの関係を築くことだろう。

著者紹介

上原 修 (うえはら おさむ)CPSM C.P.M. MBA JGA
特定非営利活動法人日本サプライマネジメント協会TM
仏ESSECビジネススクール 国際調達・特任教授
法政大学経営大学院サプライチェーン兼任講師
東京工業大学大学院MOTサプライチェーン戦略スクール講師

略歴
大学卒業後、日本鉱業株式会社(現:JX日鉱日石ホールディングス株式会社)にて購買部に勤務、コンゴ鉱山開発会社駐在、本社国際購買担当部長、日鉱ニューヨーク事務所長歴任。米系外資(株)アルファパーチェスにて常務・購買本部長を経て、米ISM日本代表に就任。MBA経営情報学修士。米グローバルANSI購買資格(C.P.M.) 及びグローバル調達経営資格(CPSM)取得。国土交通省通訳案内業免許取得。フランス政府留学ポアチエ大学Diplome学位取得。企業留学仏ブザンソン大学文化教養学部修了Diplome学位取得 一橋大学伊藤研究室ビジネススクール修了。

主な著書
『枯渇性資源の安定調達戦略』(単独著)2011日刊工業新聞社、『人にやさしい会社 安全・安心、絆の経営』(共著)2013白桃書房、『フランス人の流儀-日本人ビジネスパーソンが見てきた人と文化』(共著)2012大修館書店、『ISO-26000実践ガイド』(共著)2011中央経済社、『グローバル戦略調達経営』(単独著)2008日本規格協会、『購買・調達の実際』(単独著)2007日本経済新聞、『やさしいCSRイニシアティブ』(共著)2007日本規格協会

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